ドキュメンタリー映画「いきたひ」〜家族で看取る
 上映スケジュール映画の概要上映を希望される方へ推薦の言葉監督・長谷川ひろ子こうして映画は完成した

監督・長谷川ひろ子

 

監督・長谷川ひろ子  

まったくの素人ながら映画制作の夢を実現

長谷川ひろ子(はせがわ・ひろこ)

秋田県に生まれる。地方局のアナウンサーを経て結婚。4児の母となる。
末期癌の夫(薬学博士)を、家族とともに自宅で看病しながら、その姿を撮影。生還を信じて撮影した夫の闘病生活だったが願いは叶わず、2009年、夫(当時47歳)は他界。家族とともに自宅で看取った。

3年後に、看取り士・柴田久美子さんとの出会いをきっかけに、まったくの素人ながら映画制作を決意。脚本、ナレーション、編集、音楽の作曲・演奏・歌など、ほとんどすべてを自分で担当し、2015年4月に完成させた。

完成したドキュメンタリー映画「いきたひ」は、「これまでの死生観が変わった」「受け入れられずわだかまりを感じていた肉親の死を、ようやく受け入れることができた」など、多くに衝撃と共感を与える。

観た人の「自分の周りの人にも、ぜひ観てほしい」という熱い思いから、全国で自主上映が続いている。監督本人の講演とセットでの上映会は、評判を呼び1年で70回を越えた。

【現在】
フリーアナウンサー
シンガーソングライター 歌手名HIROKO「カラオケの鉄人」配信
元日高市教育委員
健康体操教室・スタジオmother’s主宰
NPO法人日本サプリメント臨床研究会・代表理事
ドキュメンタリー映画「生死(いきたひ)」監督・脚本・演出
著書『自分磨きは姿勢から』

 

 

  蝶   蝶   蝶   監督の想い   蝶   蝶   蝶

 

長谷川ひろ子  

「どう死なせないか」ではなく
「どう生ききるか」

後期高齢化で多死社会を迎えたこの時代に、計らずも看取りをテーマにしたドキュメンタリー映画を世に送り出すこととなった。

余命半年の宣告を受けた主人にカメラを向けたのは主人が薬学博士として末期癌の方々を生還させて来た実績を傍らで見て来たからであった。自らが生還する過程を示してくれるものと信じて、主人の闘病生活を記録映像として残した。結局余命宣告から3ヶ月でこの世を去ったが、その映像は実に多くの教訓を残してくれた。先ず抗癌剤を断り自宅で終えられた幸い。映画の後半、主人の遺体を囲んで眠る4人の子供達の寝顔のシーンがある。畳の上で「生と死」が並んでいる場面を映し出すことで、日常の中にある「命の終わり」を観て欲しかった。

人生が刻まれた家で最後まで家族と一緒にいられたのは、遺された者にとっても救いとなった。病院だと死ぬ直前まで医療行為を受けることになり「どう死なせないか」にフォーカスされてしまうが、自宅では「どう生ききるか」を貫くことが出来た。家では家の主でいられるが、救急車に乗った途端に患者となる。生きるとは「暮らす」ということ。病院は暮らす所ではない。人生の最後が暮らしの中から切り取られてしまっているこの時代だからこそ、何処で誰と終えるかを見つめ直して欲しいと思う。亡くなってからの49日があるように亡くなる前の49日は人生の最終章。この最終章をどう書き上げるか、逝く人、遺される人との出会い直しや紡ぎ直しの期間。「終わり良ければ全て良し」命をかけたその瞬間を豊かなものに出来たら、それがこの国の成熟度に反映されると思う。


   

天地合同制作映画

この映画は主人が亡くならなかったら存在しない。主人の「死」を私が映画として生かし、私の「生」を主人の「死」が活かしてくれて「今」がある。

映画のタイトル文字は生と死の合体文字であり、主人と私の関係性を象徴した造語でもある。あの世とこの世、生と死、その境は幻のようなものであり、我々は肉体の有無を超えて死者と共に生きているのだと思わざるを得ない。

映画を観た方々が今は亡き大切な人との糸を紡ぎ直し、その死を肯定し、看取り直しをすることで自分を立て直していかれる。後悔が感謝へと昇華して行く様を目撃する度に、この映画は「天地合同制作映画」だと思う

 

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ドキュメンタリー映画「いきたひ」

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